當麻寺の見どころ 最古の塑像, 脱乾漆仏があるお寺

奈良には古いお寺が沢山ありますが、意外にも飛鳥時代や白鳳時代創建のお寺はごく一部しかありません。

全国的にもこの時代のお寺はごく僅かです。そして、寺伝では飛鳥や白鳳時代創建でも、真偽が不確かであったり、由緒が確かでも、何もその時代の文化財が残っていなかったりするなどが多くあります。

飛鳥時代のお寺で一番有名なのは法隆寺ですね。ここは、建物まで複数、白鳳時代(飛鳥時代の説もあり)のものが残っています。

大阪の四天王寺も有名ですが、ここは戦争で焼けてほとんど昭和の再建で、創建当初の建物は残っておらず、剣などいくつかの文化財が残っているのみです。

そんな中、さほど知名度は高くありませんが、奈良の葛城市に白鳳時代の珍しい塑像(粘土の仏像)や脱乾漆仏があるお寺があるのを知りました。※塑像や脱乾漆は奈良時代に流行した技法です。

それが、當麻寺というお寺です。

●當麻寺って遠いの?

正直、當麻寺ってめちゃくちゃ行きにくいイメージを持っていました。場所は葛城市ということでそれ自体はめちゃくちゃ遠いという印象は持っていないんですが、大阪との県境の山の麓ということで、人里離れたかなり行きにくいところという印象でした。

最近、お花見に大和高田の大山公園という場所を調べた時にそこから近いということを知り行く機会ができました。

大阪の藤井寺にも近く、県境の山沿いの古い街並みの中にあるお寺で、車だと行きやすいですが、最寄り駅「当麻寺駅」もあるので電車でもアクセスでき、決して人里離れた場所にあるお寺ではないんですね。

●駐車場が特殊

駐車場自体は山門の前にあります。

しかし、驚いたのは、平日だったせいか係りの職員が誰もいません。駐在所のようなものはあるのですが、そこに代金箱が置かれて、駐車料金500円と書かれているだけです。

同じようなシステムの駐車場は古くからある駐車場ではたまにありますが、その場合、車種やNo.を書かせて投函させ、時々、確認に職員が来るところがほとんどだと思います。

ここは、代金を払ってもナンバーなど書くこともなく、拝観から帰ってきても領収書など車におかれておらず、確認に来た様子もありませんでした。

土日などは違うんですかね。

●変わった拝観システム

當麻寺は境内自体は無料で拝観できます。本堂のみ受け付け職員がおり開いていますが、金堂や、講堂は無人で扉が閉ざされています。

本堂で拝観料500円を支払うと、本堂内拝観後、職員さんに金堂と講堂の扉が開けてもらえ、解説などしてくださったり丁寧に案内していただけました。

これが、平日だからなのか、それとも常時なのかは不明ですが、ありがたい反面、拝観者が多かったらどうするのかと心配になりますね。

ちなみに各お堂には入り口にラジカセが置かれており、人感センサーで反応して解説音声も流れるようになっています。

●奈良(天平)時代の本堂(曼荼羅堂)

當麻寺/本堂

拝観受付がある建物です。ここの内陣は奈良時代の建物で、外陣は平安時代に當麻曼陀羅を本尊とするために増築されました。

この形は、元興寺の曼荼羅堂と似てますね。

内陣には當麻寺の現在の本尊である當麻曼荼羅が安置されています。

この曼荼羅は中将姫という人物が一夜にして織ったという伝説が残っています。平安時代以降転写が繰り返され、本堂に現在安置されている當麻曼荼羅は江戸時代もしくは室町時代の転写本となります。これは織物ではなく絵画です。2つの転写本のいずれかが交代で安置されています。

奈良時代の原本も残ってはいますが、損傷がひどく、ほとんど何が描かれれいるのかわからないぐらいだそうです。

普段は非公開ですが奈良国立博物館などでたまに企画展示されることがあるそうです。

當麻寺/当麻曼荼羅

曼荼羅を収める厨子が実はすごくて、奈良時代のもので、国宝。厨子が置かれている須弥壇も鎌倉時代に源頼朝が奉納したものです。

★中将姫って?

當麻寺に行くとよく中将姫という人物の名前がよく出てきます。

この中将姫という人物は、奈良時代の藤原豊成という貴族の美しい娘で16歳で出家し、一夜にして巨大な當麻曼荼羅を織りあげ、29歳で生きながら仏に迎えられ成仏したという伝説が、鎌倉時代以降とりあげられていきました。

実はこの中将姫は漢方薬で有名な会社「ツムラ」とは関わりがあり、ツムラ創業者の母親の家に伝わる薬が昔、中将姫から教わった薬という言い伝えがあり、ツムラの初期のヒット商品「中将湯」の元となりました。

●白鳳時代の仏像が残る金堂

當麻寺/金堂

この金堂が創建時は本堂で、金堂の本尊である弥勒菩薩が當麻寺の元々の本尊でした。拝観入口は金堂の裏側からになりますが、これは千手堂が曼荼羅堂として本堂となったためであり、元々の入り口は正面であり、東西の塔も金堂を中心として建てられています。

建物自体は鎌倉時代の再建ですが、本尊の弥勒如来や四天王像は白鳳時代のものとなります。

弥勒菩薩は白鳳時代の塑像(粘土の仏像)で、現存する塑像では最古のものとなっています。両手と螺髪は木製の補修がに変わっていますが、体は創建当初のものです。塑像は奈良時代にはよく作られましたが白鳳時代以前には他に例がありません。

解説によると、現在は経年でもろくなり羽根で埃を払うこともできなくなっているそうです。

當麻寺/弥勒菩薩

弥勒菩薩像

四天王像は脱乾漆という技法で作られており、奈良時代に流行った技法なのですが、現存する中ではこれも最古となっています。百済から贈られたという寺伝があり、異国風の仏像となっています。

飛鳥時代の四天王の特徴で、奈良時代以降の四天王よりも直立した動きが少ないですね。

當麻寺/四天王

四天王像(持国天)

●講堂

當麻寺/講堂

金堂と同様に鎌倉時代の再建です。内部では鎌倉時代の仏像を拝観できます。

●日本最古の灯篭

當麻寺/灯篭

金堂の裏にあります。

白鳳時代の灯篭で、現存する最古の灯篭となっています。他にも古い灯篭は見てきましたが、これは特に全体が消耗しており、年月を感じさせますね。

●東西の塔が唯一現存

當麻寺/東塔

當麻寺には金堂の東西に2本の三重塔があります。東西に塔を配置するのは奈良時代の大規模なお寺に多いスタイルなのですが、両方とも現存しているのはこの當麻寺のみです。

當麻寺の三重塔は、東塔が奈良時代末期、西塔が平安時代初期の創建であるそうで、東西の塔があるお寺としては新しめなんですね。

写真は東塔です。本堂近くの林に隠れるように建っており、本堂近くからでは見えませんでした。

東塔は境内にある中ノ坊からの姿がよく写真に紹介されています。

西塔は現在は修理中で大きな幕屋に覆われていました。2016年から修理を開始しており、3年後に完了するそうです。

●御朱印は?

御朱印は本堂にて頂くことができます。私の時は、受付の方が書いてくださりました。

●當麻寺とは?

元は聖徳太子の弟である麻呂子親王が612年に現在の大阪に作った禅林寺を681年に現在の位置に移転したと言われるのが現在の當麻寺です。

當麻寺が建つ場所は古代の河内と大和との交通の要所であり、外国より渡来した物資が運ばれた幹線道路がありました。

また當麻寺が建てられた二上山は、古墳の石棺や、寺院の基壇のの材料である凝灰岩の産地であるなど重要な場所でした。

移転後、白鳳時代から平安時代にかけて伽藍を完成していったと考えられています。

創建時は南都六宗の一つ「三論宗」でしたが、平安時代に弘法大師が当時の住職を弟子とし真言宗となりました。その後、南北朝時代に浄土宗も入ってきて珍しい真言宗と浄土宗の両方のお寺となりました。

2017年JRの宣伝で當麻寺が使用され知名度がUP。関東からの観光客も増えたそうです。

公式HP

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