清涼寺釈迦堂のみどころ 三国伝来の釈迦如来とは?

みなさんは、清凉寺式釈迦如来像というのをご存知ですか?この釈迦如来像はふつうのものとは違い、西域(中央アジア)風の仏像であり、日本の仏像とはかけ離れたエキゾチックな姿をしています。

私は、飛鳥時代や奈良時代に見られるようなようなシルクロードの影響を受けた仏像が好きなのですが、この仏像もそういうものを感じさせ気になっていました。

清凉寺式釈迦如来というのは仏像,仏画合わせて作例が100例あるそうなのですが、その大本となったのが、清凉寺にある釈迦如来なんですね。

この清凉寺にあるオリジナルは三国伝来の釈迦如来像と呼ばれ、インドから中国に伝えられた釈迦如来像を日本から来た僧が模刻したものです。さらにこの像は生身の釈迦如来と呼ばれ内臓を模したものまで胎内に入っているようです。

その釈迦如来像がある清凉寺というのは京都嵐山にあるということで、拝観させていただくことにしました。

●清凉寺式釈迦如来像とは?

清凉寺/釈迦如来像

昔インドに釈迦37歳の姿をかたどったとされる仏像がありました。その像がヒマラヤ山脈を越えて中国(宋)へと渡ったのですが、その姿を摸刻したものを985年に東大寺の僧「奝然上人(ちょうねんじょうにん)」が日本に持ち帰ったのが清凉寺の本尊・釈迦如来像です。

このようにインドから中国に渡り、日本に伝わったので三国伝来の釈迦如来像と呼ばれています。国宝指定。

特徴は、ガンダーラ様式の頭髪(大きく渦を巻く頭髪),インドグプタ様式の衣(両肩を包み、体に張り付くように密着、流水文という木目のような彫り),三段に重なった裾という日本の釈迦如来像とはかけ離れた異国風の姿をしています。

同様の釈迦如来像は鎌倉時代~江戸時代にかけて全国で流行しましたが、その大本のモデルとなったのが清凉寺の釈迦如来像であり、このような釈迦如来像を清凉寺式釈迦如来像と呼んでいます。

同様の仏像は奈良の西大寺や唐招提寺、京都の三室戸寺,因幡薬師堂、東京の大円寺、横浜の称名寺、鎌倉の極楽寺など多数あります。また、清凉寺自体にも本尊とは別に清凉寺式の釈迦如来があり、そちらは霊宝館で見られます。

摸刻元の像ですが、釈迦が生きていた時代は紀元前5世紀ごろなので紀元前1世紀~紀元1世紀のガンダーラ美術の時代ともグプタ様式の時代(紀元4世紀)ともかけ離れています。釈迦が生存していた時に作られた像ではないでしょう。

とはいえ、それぞれの文化の影響を受けた仏像ということで興味深いものです。

●拝観は本堂(釈迦堂)で

清凉寺/釈迦堂

釈迦如来像は清凉寺の本尊であり、本堂に安置されています。本堂は仁王門からまっすぐ進んだ正面にある他よりひときわ大きい建物です。

入口に受付があり、そこで拝観料を支払います。拝観料は400円ですが、霊宝館との共通券(700円)も購入可能です。御朱印もここでいただけます。御朱印張を渡すと番号札を渡されるので、本堂内拝観後に受け取ることになります。

清凉寺/御朱印

ちなみに、拝観料がかかるのは本堂と霊宝館のみで、境内自体は他のお堂も含め無料です。

本堂の創建は945年なのですが、何度も焼失しており、現在の建物は1701年に再建されたもので、桃山建築の影響が残って豪華なものになっています。

創建時より現在とは別の釈迦如来像が安置されており、そのため、釈迦堂と呼ばれるようになったそうです。清凉寺の通称である嵯峨釈迦堂という名称はここからきています。

いつもなのかわかりませんが、開帳期間は内陣まで入り間近で拝観可能でした。

★庭園

清凉寺/庭園 清凉寺/渡り廊下

本堂では釈迦如来像だけでなく、庭園もみどころとなります。庭園は本堂を裏口から抜けた先にある庫裏との渡り廊下から見ることができます。ここでは弁天堂も見られます。

●拝観は期間限定

清凉寺式釈迦如来像はいつでも拝観できるものではなく、仏像が入っている厨子の開帳時期は決まっており、それ以外は仏像を拝観できません。

毎月8日の11時以降と4月~5月,10月~11月の霊宝館公開時期に合わせて御開帳されています。霊宝館公開に合わせるのがお勧めで、私も10月の公開時期で拝観しました。

●釈迦如来体内納入品

清凉寺/五臓六腑

清凉寺の釈迦如来像の体内には五臓六腑を模した納入物が入っています。これらは五色のシルクでできた内臓器官であり、各臓器の形はまるで違いますが1000年も昔に人体の構造を知っていたというのは驚異的なことですね。釈迦如来像と同様に国宝指定されています。

釈迦如来像と同じく中国(宋)で作られたものであるようです。

内臓以外も、耳や鼻の穴が内部空洞まで貫通していたり、口には歯が、脳にあたる部分には鏡が収納されているそうなので、仏像の姿をした人体模型のようです。このような仏像はこの釈迦如来像のみであるようです。

この五臓六腑ですが、本物は2016年10月現在、釈迦如来像の体内に戻されており、見ることができません。本堂内展示コーナーと霊宝館では本物とまったく同様に造られたレプリカを見ることができます。

●その他のみどころ

清凉寺は由緒ある古いお寺であり釈迦如来像以外にもいくつかのみどころがあります。特におすすめのものをいくつかここでは紹介していきますね。

★霊宝館

清凉寺/霊宝館

清凉寺の寺宝が展示されている宝物館です。4月~5月,10月~11月に公開され、拝観料は400円。本堂拝観との共通券(700円)もあります。

目玉は釈迦如来像体内の納入品ですが、五臓六腑に関しては現在では本尊の体内に戻されており、精巧なレプリカを見ることができます。

他に清凉寺式釈迦如来像の写し,東寺の兜跋毘沙門天像の写し,釈迦十大弟子像,文殊菩薩像,普賢菩薩像,四天王像,宋の十六羅漢図(模写)がありますが特に注目したいのが阿弥陀三尊像でしょう。

■阿弥陀三尊坐像

清凉寺/阿弥陀三尊

源氏物語の光源氏のモデルとなった源融(みなもとのとおる)が作らせた像で棲霞寺(せいかじ)阿弥陀堂の旧本尊。清凉寺で最古の仏像です。国宝指定。

棲霞寺とは、清涼寺の母体となった寺で、阿弥陀堂は源融の元別荘。ここで亡くなる直前に自身の顔を写して作られたのが阿弥陀如来像であるという伝説があります。

三尊ともヒノキの一木造。脇侍の観音菩薩,勢至菩薩は密教の印を結ぶ珍しい造形です。

★阿弥陀堂

清凉寺/阿弥陀堂

棲霧寺の元本堂。源融は生前より寺院の創立を発願していましたが果たせず、死後一周忌にあたる895年に遺族が阿弥陀堂と阿弥陀三尊像を建立したのが棲霞寺の始まりです。現在の建物は1863年の再建です。

阿弥陀三尊像はもともとはこの阿弥陀堂に安置されていましたが、現在は霊宝館にあり、ここには別の阿弥陀如来立像が安置されています。

お堂内部には自由に入れます。

★仁王門

清凉寺/仁王門

清凉寺の正門にあたり、渡月橋からの通りをまっすぐ北へ進むとこの門が見えてきます。清凉寺でも本堂についで豪勢な建物ですね。

嵐山へ行ったことがある人であれば、清凉寺を知らなくてもこの門だけでも知ってる人はいるのではないでしょうか?

左右を阿吽の金剛力士像が守護しており、登れないので拝観できませんが、楼上には十六羅漢像が祀られているそうです。

★豊臣秀頼の首塚

首塚というと、伝承だけで本当に首が埋葬されているのかわからないことが多いですが、この首塚は一味違います。

なぜなら、埋葬されたのが1983年なので実際に首が埋まっています。豊臣秀頼の頭蓋骨は1980年に大阪城三の丸跡地から発掘されましたが、清凉寺の再興に功績のあったため、ここに埋葬されることとなりました。

豊臣秀頼は自害して亡くなりましたが、首には解釈の跡があるそうです。

★聖徳太子殿

清凉寺/聖徳太子殿

あまりクローズアップされませんが、隠れたみどころに聖徳太子殿をあげておきます。

法隆寺夢殿をモデルにした建築であるようですね。パンフレットにも現地にも名前のみで説明はありません。いつごろ何の目的で作ったのでしょうかね?

現地は草がぼうぼうで木々に建物が隠れてどこにあるかすぐにわかりませんでした。

●アクセス・駐車場

最寄駅はJR「嵯峨嵐山駅」,京福電鉄「嵐山駅」。京都バス・バス停「嵯峨釈迦堂前」。阪急電鉄「嵐山駅」からも行けますが、2.5kmあり非常に遠いです。

車で来た場合は駐車場が気になるところですが、境内の東側に清凉寺の大きな駐車場があります。値段は一日停めて800円です。

清凉寺/駐車場

●清凉寺とは?

ここまで、清凉寺の釈迦如来像に焦点を当てて書いてきましたが、清凉寺とはどのようなお寺なのか書いていきたいと思います。

清凉寺はもともとは棲霞寺の境内にあった釈迦堂を中心とした寺院内寺院でした。それが、三国伝来の釈迦如来信仰で立場が逆転し、棲霞寺を吸収する形で現在の形になりました。

棲霞寺は源氏物語の光源氏のモデルとなった源融が別荘を寺としたのが始まりで、死後の895年に遺族が阿弥陀堂を建てました。

945年に境内に釈迦如来を祀った釈迦堂が建てられました。

清凉寺は奝然上人が持ち帰った三国伝来の釈迦如来像を祀る寺院として1016年の奝然没後に棲霞寺境内に建てられました。延暦寺に対抗する南都仏教の都における中心地としようとし、華厳宗の寺院としてスタートしました。

江戸時代には三国伝来の釈迦如来像が信仰を集め、江戸をはじめ各地への出開帳が行われました。このため、清凉寺は発展を遂げてきましたが、母体の棲霞寺はしだいに衰退していき、清凉寺が吸収する形になって現在に至ります。

スポンサーリンク
スポンサー