元興寺・東塔院 かつてあった日本最大の五重塔とは

元興寺にはかつて他の古代寺院と同様に五重塔がありました。この塔は現在の東寺五重塔(54.8m)よりも高く、57mあったとされています。

この五重塔は江戸時代末期の1859年まで奈良の名物として建っていましたが、焼失してしまい、以降再建されていません。

さて、この五重塔には史跡が残されています。元興寺極楽坊の南側にあるもうひとつの「元興寺」というお寺の境内に史跡「元興寺五重塔跡」があります。

●元興寺(奈良市芝新屋町)とは?

Gango-ji/Kannondo

元興寺が1451年の土一揆で3つに別れたうち、五重塔と観音堂を中心とした「元興寺観音堂」として独立した寺院がもとです。3つに別れる前は東塔院と呼ばれており、金堂からみて東側にありあました。極楽坊のある元興寺とは別の寺院なので注意が必要です。

華厳宗の寺として東大寺の末寺になっていましたが、1859年の近隣の民家の火災に巻き込まれ五重塔と観音堂を失い衰退、現在は元興寺の寺号のみ引き継いでいます。

境内には五重塔礎石が残されており、それが見どころとなっています。

●元興寺・五重塔跡

Gango-ji/Gjyunoto

元興寺境内に残る1859年に焼失した五重塔跡です。跡地からは金の延べ板,金塊,勾玉,瑠璃玉,和同開珎など建設時に収められた品が出土しています。

これらは重要文化財指定され奈良国立博物館に収蔵されています。

境内では五重塔の礎石を見ることができます。

●本堂

Gango-ji/Hondo

1935年に観音堂跡に再建された小堂です。堂内には江戸時代の不動明王坐像を祀っていますが非公開です。住職を呼べば見せてくれるかもしれませんね。

●啼燈籠(なきどうろう)

Gango-ji/Nakidoro

五重塔跡から本堂へ行く途中にあるヒビだらけの燈籠です。

これは啼燈籠といい、1257年の製造であることがわかる刻印がなされており、製造年の刻印があるものとしては奈良市内では2番目に古いものです。戦前は重要美術品指定されていました。

しかし、昭和19年の大地震で倒壊し細かく割れた状態のまま保管されていましたが、2010年に復元されました。全体に残るヒビが倒壊をものがたっています。

●委託している仏像

元興寺には所有している仏像として国宝・薬師如来立像と重要文化財・十一面観音立像があります。しかし、これらは奈良国立博物館に委託となっており、境内で見ることはできません。

薬師如来が平安時代初期のもので、十一面観音が鎌倉時代のものです。

これらが境内にあれば、もうちょっと参拝客も来るのにと思ったりしますね。管理は難しいかもしれませんが。

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