同聚院のみどころ 藤原道長の失われた五大堂の「巨大不動明王像」が残っていた

Dojyuin/Sanmon

平安時代に法性寺という大寺があったのをご存知でしょうか?924年に藤原忠平が作ったお寺で、寺域は現在の東福寺があった場所を中心に、西は鴨川,南は稲荷山付近まで及んでいました。1006年には関白・藤原道長が40歳の祝賀にて丈六の五大明王(不動,降三世,大威徳,軍荼利,金剛夜叉)を安置する五大堂を境内に建立しました。

法性寺伽藍や五大堂は焼失してありませんが、鎌倉時代になって跡地には東福寺が建てられました。

今回紹介する同聚院はその五大堂があった付近に建てられており、その本尊である不動明王坐像は失われた五大堂の本尊である「丈六・不動明王坐像」そのものなのです。

●同聚院とは?

Dojyuin/Hondo

東福寺の塔頭で、1444年に東福寺の文渓元作禅師がその師である「琴江令薫」禅師を開山に誘い創立した小規模のお寺です。本尊は前述のとおり、不動明王坐像です。

境内は事務所と思われる建物と本堂があるだけのこじんまりとした感じで落ち着いています。

場所は東福寺駅から東福寺へ行く際の道中にあり、拝観料200円で不動明王坐像が安置されている本堂へ入ることができます。

★木造・丈六・不動明王坐像

Dojyuin/Fdomyoou

五大堂の元本尊であり、五大堂の五大明王で唯一現存している仏像です。重要文化財指定。

丈六の名のとおり、265cmの巨大な不動明王像です。平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像を作った平安時代後期の名仏師「定朝」の父であり師匠の「康尚」が作った作品とされており、他に確実に康尚が作ったといえる作品は無いそうで、貴重な仏像となっています。

この仏像は康尚が作ったとされているだけあって、藤原時代前期の仏像の中でも最高のできばえといわれています。厳しい不動明王の作風ですが、その中にあたって藤原貴族の優美さも持ち合わせています。

彩色はほとんど残っておらず、膝前や光背は後世に補われたものとなっています。

この不動明王は別名「十万不動明王」とも呼ばれています。

十万不動と呼ばれる由来は、常に十万の眷属を持つという意味だとか霊夢でのできごとからきているとか。

同聚院で授与されている屋守護の符は有名であるそうで、門戸に貼れば、火災を除き、福徳円満,子孫繁栄などの仏徳があるとされています。

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