運慶といえば、東大寺南大門の金剛力士像や興福寺北円堂の諸仏で有名な鎌倉時代の名仏師ですが、10mを超える巨大な仏像も作っていることは御存でしょうか?
運慶の作品は多数あり、実は中には現存する巨大な仏像もあるのです。
その仏像があるのが戒光寺というお寺です。
●戒光寺とは?
現在は泉涌寺の塔頭寺院のひとつで、泉涌寺道の山門をくぐってすぐにありますが元は泉涌寺とは全く関係のない寺院でした。
鎌倉時代1228年に八条大宮の東と堀川の間に後堀河天皇によって作られ、皇室や庶民の信仰を集めました。伽藍は応仁の乱によって焼失しましたが、本尊と開山像は無事で一条戻り橋の元誓願寺付近を経て三条河原町に移転、その後、後水尾天皇の希望で1664年に現在の東山に移転したという経緯があります。
●本堂
一見普通の民家に見え古い大仏があるようにはみえませんが、後ろにはちゃんと本堂が連結しています。本堂は江戸時代の建築だそうで歩くと床がギシギシします。
お茶が用意されており、無料で頂くことができますが、蝋燭を立てていくよう案内がされています。蝋燭は有料で50円です。ただし、入場自体は無料です。
入口には受付もあり、ここで御朱印をいただくことができます。私が参拝させていただいた時には住職の奥さんとおぼしき女性がおり御朱印をいただきました。
なお、寺院運営を家族だけでやっているのか堂内には職員不在のことも多くみられます。呼び出しベルもあるのですが、この時は壊れているのか押しても反応はありませんでした。拝観料無料なのでしかたありませんが・・・
注目の運慶作の本尊「釈迦如来立像」はここの一番奥に安置されています。
★木造・釈迦如来立像
鎌倉時代に運慶と湛慶の親子が作った合作で、世界最大の寄木作りの大仏です。宋風の作風を帯びています。
本体のみで5m、光背こみだと10mにもなります。当然ですが、重要文化財指定されていますが、状態もよく国宝でないのが不思議な仏像です。
大きな仏像を表す丈六仏とに呼ばれています。
外陣から見ても大きいので十分に見ごたえがありますが、特別拝観時には内陣へ入り足元から見ることも可能であるようです。
この釈迦如来像には伝説があり、皇位継承争いで切られそうになった皇太子時代の後堀川天皇の身代わりになったといわれており、首元に刀傷と血の跡が残っています。そのため、首より上の病気防止と身代わりの仏像として信仰を集めています。
この逸話により皇室ゆかりの泉涌寺の地に移転されたといいます。
●弁財天
境内には本堂とは別に弁財天を祀るお堂もあります。
天台宗の開祖・最澄の作品といわれる「弁財天像」が安置されていますが秘仏です。
七福神めぐりのある1月の成人の日と11月3日の弁財天大祭のみ御開帳があるそうです。
●あとがき
前回の即成院に続き、今回は戒光寺と泉涌寺の塔頭を紹介してきました。
泉涌寺の塔頭にはこのように本体に負けないぐらいの見どころを持つ寺院がいくつもあります。泉涌寺に参拝の際はぜひ立ち寄ってみてくださいね。