泉涌寺のみどころ① 楊貴妃をかたどった観音像とは?

楊貴妃は唐の最後の皇帝である玄宗の妻であり世界三大美女にあげられている有名な女性です。

その楊貴妃なんですが、以前に楊貴妃は唐で殺害されず日本に逃れ、日本で亡くなったという伝説を取り上げた番組がありました。

楊貴妃は安録山に処刑されるところをひそかに山口県の向津具半島に逃されたというものですが、不幸にも楊貴妃は弱っており日本に漂着後すぐに亡くなってしまいます。その後、悲しみに暮れる玄宗皇帝の夢に現れ、自分が日本で亡くなったことを伝えたといいます。

玄宗皇帝は楊貴妃の霊を弔うため臣下の者に阿弥陀如来像と釈迦如来像を持たせ日本へ向かわせたというお話でした。この仏像は京都の清涼寺と楊貴妃の墓がある久津の天請寺でわけられることになったということで、それらの仏像に関心があり調べていたところ、もうひとつ楊貴妃とかかわりのある仏像があることを知りました。

それが、京都の泉涌寺にある楊貴妃観音です。玄宗皇帝が臣下に渡した2体の如来像とは別に香木を使い、楊貴妃の等身坐像をかたどった聖観音像を彫らせたと伝承が残っています。

泉涌寺は弘法大師が庵をこの地でもったということで平安時代創建となっていますが、実質は鎌倉時代の1219年に月輪大師俊芿

そのため、唐があった時代よりもずっと後なのですが、楊貴妃観音は1230年に俊芿湛海律師によって仏舎利とともに南宋より持ちかえられたものといわれています。

材質は白檀の寄木作りで風貌も中国風であり南宋から持ち込まれたというのは事実だろうということになっています。

●楊貴妃観音堂

泉涌寺・楊貴妃観音堂

楊貴妃観音が比較的身近に見れるということで泉涌寺に足を運びました。

楊貴妃観音は泉涌寺の楊貴妃観音堂というところで祀られています。この楊貴妃観音堂は、泉涌寺の大門をはいってすぐ左側に進むとあります。大きなお堂ではありませんが、楊貴妃観音はそれほど大きな観音様ではないので十分な大きさといえます。

このお堂の奥に楊貴妃観音が安置されているのですが、照明は無く自然採光なので結構暗いです。写真で見るような明るさでは見れません。

ただ、美しい異国風の観音像であることはわかりました。

寄木造りで右手には極楽の花といわれる法相華を持ち、宝冠は法相華唐草の透彫。その下に観音の冠を重ねています。

このような作風の観音像は日本には他になく、異国の物であることを認識させます。

楊貴妃観音

お堂の入り口付近には楊貴妃観音の説明がのっています。その中にX線調査の話が写真付きでありました。

楊貴妃観音はⅩ線調査が行われており、胎内に五輪塔があることが確認されているとのことです。さらに五輪塔内部には3粒の仏舎利と思われるものが映り込んでいます。五輪塔は楊貴妃観音が彫られたという中国には遺物が存在しないということなので、謎が深まっています。

なお楊貴妃観音は現在は一般公開されていますが、1955年まで秘仏でした。それだけ重要な仏像であったということでしょう。

玄宗皇帝が作らせた楊貴妃をかたどった観音像そのものではさすがにないかもしれませんが、それを写して彫られたものである可能性はあると思います。

●美妃茶

美妃茶

泉涌寺では楊貴妃観音にちなみ、美妃茶という紅茶を販売しています。

美妃茶はライチを使った紅茶であり、楊貴妃が美しさを保つためライチを好んだというところからきています。

10袋1200円。楊貴妃観音堂を始め、泉涌寺内の販売コーナー各所で売られれています。

●楊貴妃桜

楊貴妃桜

楊貴妃観音堂の前に立つ桜です。

「楊貴妃桜」という名前だけが書かれており、由来などは不明ですが、桜が咲く時期になるとさぞ美しいことだと思います。ぜひその時期に訪れたいものですね。

●あとがき

楊貴妃観音は美しく日本では珍しい中国風の仏像ですばらしいのですが、泉涌寺のみどころはそれだけではありません。

泉涌寺はこの楊貴妃観音が一番有名なのとこれが目的だったということがあり一番最初にブログに乗せましたが、他にもたくさんみどころがありませした。それについては次回書いていこうと思っています。

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