東寺のみどころ④ 奈良時代を継承する十二神将像

東寺には十二神将像という人気の仏像群があります。東寺の土産物屋に立ち寄った際も店員さんが参拝客から十二神像を網羅した絵葉書が欲しいと言われたという話をしていました。

その十二神像というのは、金堂の本尊・薬師如来像の台座に配置されています。金堂は有料エリアにありますが、同じ有料エリア内でも立体曼陀羅がある講堂や京都のシンボルになっている五重塔に比べ地味な印象があります。

しかし、金堂は奈良時代以来の伝統寺院では中心となるお堂であり、そこの本尊は寺院全体の本尊という位置づけとなります。

東寺の場合だと「薬師如来坐像」がそれにあたります。薬師如来坐像は向かって右側に日光菩薩立像、左側に月光菩薩立像が配置された伝統的な薬師三尊となっています。

十二神将像はこの薬師如来坐像の台座腰回り四周に配置されています。

なお、薬師如来像の背部方面の像は普段見ることができません。たまに特別拝観で十二神将のみ個別で展示されることがありその時に全ての像を拝観することができます。

東寺・金堂

●十二神将立像

東寺・十二神将立像

十二神将は薬師如来の眷属で全12体あり、サイズは93cm~111cmの比較的小さな仏像です。ヒノキ製の寄木造りで1603年~4年にわたって、慶派である康正の息子、康猶,康英らによって制作されました。

身体はブロック状になっており胴長になっているが、鎌倉彫刻の流れを引き継ぐ写実的な仏像になっています。

各像の頭部には十二支の動物が表現されており、干支と関連づけられています。このタイプの十二神将は平安時代後期から登場し、鎌倉時代以降は一般化します。

●薬師三尊像

東寺・薬師三尊像

十二神将像がとりついてる仏像が薬師如来坐像です。薬師如来は金堂の本尊であり、東寺全体の本尊という位置づけです。

薬師如来座像は2m88cmの巨像であり、桃山時代の東寺大仏師「康正」作。康正は運慶の末裔と称している七条仏師の系列です。寄木造り漆箔仕上げ。

1486年の土一揆で金堂は全焼し、薬師三尊像も焼失、現在の像は1603年の再興ですが、当初像をかなり忠実に再現しているようです。

この薬師三尊像は薬師如来の向かって右側に日光菩薩立像、左側に月光菩薩立像を配置し、奈良時代の伝統形式を受け継ぐものとなっています。

なお、当初の金堂と薬師三尊像は東寺が弘法大師へ譲られる以前からあり、その当時は密教では無いので、密教寺院となる以前の東寺創建時の様子を伝えています。

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