鬼の雪隠・まな板の考察

飛鳥には鬼の雪隠とまな板という石造遺構があります。これは明日香村の観光では定番になっているのですが、その形状から鬼が雪隠をトイレとして使い、まな板で人間を切り刻んで調理したという伝説が残っています。

鬼のまな板 鬼の雪隠

その実態は墳丘を失った7世紀の終末期古墳の石棺だということのようです。

雪隠が石棺の蓋石であり、まな板が底石ということでもとは二つで一つであったとのこと。小道を挟んでまな板が傾斜地の上方にあり、雪隠が下方にあるのですが、本来はまな板の位置にあり、雪隠が遥か昔に何らかの理由で下方へ転がり落ちたということです。

これには異説があり、鬼のまな板の西側に別のまな板が明治時代まではあって、割られて庭石に転用されたそうです。現在の雪隠は実はそちらのまな板の蓋石だったのではないかという説があります。その割られた石は橿原考古学研究所付属博物館の屋外に展示されています。

なお、扉もあったそうですが、現在は紛失しています。

石舞台古墳にも言えることですが、墳丘が無くなるというのはよほどの天災があったのだと思いますが、周囲の古墳にはその影響は見られません。周囲には天武・持統天皇稜や欽明天皇稜がありますが、いずれも墳丘を失ったりはしていません。

天災だとはちょっと思えませんね。

石舞台には蘇我氏が滅ぼされたときに墳丘を掘り返されたという説もありますので、もしかしたら、鬼の雪隠・まな板も蘇我氏一族の古墳だったのかもしれませんね。

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