下賀茂神社のみどころ 真の神道の中心

下賀茂神社・鳥居

よく引き合いに出す飛鳥昭雄氏の著書「神一厘の仕組みとユダヤ預言」ですが、その中に賀茂神社のことが書かれています。

著書では、神道の中心は伊勢神宮となっているが、本当に実権を握っているのは二つの賀茂神社「上賀茂神社」と「下賀茂神社」とあります。

理由は賀茂神社が八咫烏の本拠地であるためだとのことのようで、私はここで賀茂神社への関心を持ちました。実際に行ってみると、ヤタガラスの姿はグッズや境内に置かれているオブジェなどで確認することができます。

祭神はヤタガラスを直接には祀っていませんが、祭神の賀茂建角身命が化身した姿がヤタガラスだとされています。また、下賀茂神社の祭神はもう一人おり、それが「玉依姫命(たまよりひめのみこと)」です。上賀茂神社の祭神「賀茂別雷命」の母親となっています。

この祭神構成は河合神社と同じです。玉依姫命の子供が神武天皇では無く変わっていますが、賀茂別雷命は神武天皇なのでしょうか?もともと河合神社と下賀茂神社は同じ祭神だとされていましたのでそうなのかもしれません。

玉依姫命が祭神のひとりなので、下賀茂神社は縁結びの神社として有名になっており、境内には女性が多く見られます。雰囲気も女性的な明るい雰囲気にあふれており、貴船神社にも感じが似ています。

下賀茂神社は京都でも最古の神社であり、飛鳥時代544年に葵祭が始まったという記録がある。さらに古くは崇神天皇七年には社の瑞垣を造設したとあり、創始はそれよりも遡ると思われます。実際に糺の森からは縄文時代や弥生時代の土器や住居跡が見つかっています。

白鳳時代にはすでに大きな神社であり、平安時代初期には斎王を置き、平安京の守り神,皇室の氏神とされました。

●糺の森(ただすのもり)

糺の森

糺の森は下賀茂神社が鎮座する原生林で、ニレ科の木を中心とした森となっています。高野川と鴨川が合流する場所にもなっています。現在の流路は江戸時代1694年に整備された時のもの。発掘調査で古い流路が確認されており、そこからは祭祀で使われた土器が出土しています。

下賀茂神社の参道が森の中を通っており、昼間でも薄暗い場所となっています。下賀茂神社の第一摂社である「河合神社」もこの森の中にあります。

★御手洗

下賀茂神社・御手洗

下賀茂神社の祭神の神話伝承にちなむ舟形磐座石を使った手水場です。神水は糺の森地中よりの湧水。覆屋は崇神天皇9年ごろの記録をもとに再現したものとのこと。

★連理の賢木(れんりのさがぎ)

下賀茂神社・連理の賢木

楼門の手前にあり、縁結びの神の力によって2本の木が一本に結ばれたと伝えられています。現在の「連理の賢木」は4代目であり、不思議と代を継いで糺の森にあらわれている。

京の7不思議のひとつであり、縁結び,安産子育,交通安全の御神徳のあらわれだと言われています。

これと同じような木が貴船神社にもありました。貴船神社も縁結びの神社なので本当にパワーが影響しているのかもしれませんね。

★さざれ石

下賀茂神社・さざれ石

こちらも楼門の近くにあります。日本国歌「君が代」で歌われている「さざれ石」がこの石です。君が代はもともと、このさざれ石が詠まれた古今和歌集の一首を原典にしています。

さざれ石とは小さい石という意味で、火山噴火によって石灰石が分離集積して凝固した石です。日本各地には石を神と祀る信仰が多くあり、さざれ石も年月とともに成長し石になると信じられている神霊石です。

★烏の縄手

烏の縄手

烏とは下賀茂神社の主祭神「賀茂建角身命」の別名「ヤタカラス」のことです。縄手とは細く長い小路のことであり、ヤタガラスの神様へお参りする際の細い参道という意味になります。古代の糺の森には複数の細い参道があり、これはそれを復元したものです。

この烏の縄手の現地説明文で、ヤタカラスは太陽のことだと書かれていました。実はこのことを紹介したくて「烏の縄手」をとりあげています。

ヤタカラスが太陽神だと、ひとつ思い当たるものがあります。元賀茂神社が疑わしい神社がひとつあり、それは京都太秦の「木嶋坐天照御魂神社」です。この神社には「元糺の森」というのがあり、そこから元賀茂神社を疑われていますが、太陽神が主祭神ということでも一致しています。

●楼門

下賀茂神社・楼門

高さ30m。重要文化財。下賀茂神社の正門であり、東西の回廊と連結している。回廊とも古代の様式を伝える。江戸時代の嘉永年間までは21年ごとの式年遷宮にて建て替えられてきましたが、以後は解体修理のみ行われています。

門の内側には剣の間と呼ばれるスペースがあり、葵祭ではここで勅使が身に付けた剣が解かれます。

楼門の西側には結婚式受付所があります。

●舞殿

下賀茂神社・舞殿

楼門を通るとすぐ前に見えるのが舞殿。重要文化財。

1628年以降は修理のみ行われています。

●橋殿

下賀茂神社・橋殿

重要文化財。各祭祀にて芸能が奉納される場所です。昔は倭舞や奉楽などが行われていたようです。

1628年以降は修理のみおこなわれています。

●細殿御所

下賀茂神社・細殿御所

重要文化財。下賀茂神社の平安時代の記録である「神殿記」に細殿とあり今でもそう呼ばれています。

細殿は歴代天皇,上皇,法皇の参拝時や政変や災害時の一時滞在場所となっています。1788年の洛中大火で皇居が焼けた際には宮中の八咫鏡を臨時にここへ移していたり、1863年には後の明治天皇が滞在、同年の孝明天皇の攘夷祈願では14代将軍・徳川家茂の侍所にもなりました。

建築学的にも重要な建物で、重要文化財。1628年に建て替えられてからは21年ごとの式年遷宮にて解体修理がおこなわています。

●中門

下賀茂神社・中門

ここを通ると拝殿や言社,本殿へ行くことが出来ます。祈祷の受付もこの建物で行われています。

●拝殿

下賀茂神社・拝殿

本殿へは通常は行くことはできず、拝殿より拝みます。格子の向こうに西本殿と東本殿が見えます。

●授与所

下賀茂神社・授与所

中門の前にあります。下賀茂神社のお守りやグッズを販売しており、巫女さんが販売しています。下賀茂神社の御朱印もここで頂くことができます。

●有料区域

下賀茂神社では式典遷宮記念として平成27年7月11日~9月30日まで、本殿,大炊殿,神服殿の特別拝観を行っていました。料金は大人600円。拝観時間10時~16時。

本殿は特別参拝所からの参拝、大炊殿と神服殿は中へ入ることができました。なかなか普段これだけの由緒と規模の神社の建物の中に入ったり本殿へ近づいたりすることはできません。

今後もこのようなものがあるかもしれませんので、要チェックです。

★西本殿・東本殿

東西の本殿とも国宝。西本殿に国家安泰,厄除け,交通安産の神様「賀茂建角身命」を、東本殿には縁結び,安産育児の神様「玉依姫命」を祀っています。

★大炊殿

下賀茂神社・大炊殿入り口

大炊殿へは特別拝観中では拝殿の横から入ります。三井神社の横からでも案内を見ることができますが、建物は見えません。

神様へのお供え物を調理する場所で、古くはご飯,餅,御菓子類など穀物が調理されていました。入り口の土間にかまど。中の間に台所、奥の間に盛りつけ場があり、お供えする順に並べる棚が設けられています。

1470年焼失しましたが、その後再建し現在に至ります。大炊殿のような建物が残っていることは少なく貴重です。

大炊殿の区画には重要文化財の井戸「御井」や斎王の御所跡である「賀茂斎院御所旧跡」があります。

★神服殿

下賀茂神社・神服殿

重要文化財。舞殿の横にあります。神服殿は夏冬の神服を作成していた場所です。古代祭祀の神殿様式を伝える建物。

今回の特別参拝中は神服殿内部で俳優「伊浦新」氏の写真展が開催されていました。

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