法起寺のみどころ 日本最古の三重塔

法起寺・西門

奈良斑鳩町にある法起寺へ車で行ってきました。

法起寺は606年に聖徳太子が法華経の講義と説明を行われた岡本宮を寺院へ改めたものと言われています。法隆寺や四天王寺,中宮寺などと一緒に「聖徳太子建立7カ寺」のひとつに数えられています。法隆寺と同様で聖徳宗。

奈良時代には栄えていましたが、平安時代から法隆寺の傘下へ入り徐々に衰退、鎌倉時代には講堂や三重塔が修復されたものの、室町時代には再び衰え、江戸時代はじめには三重塔を残すのみとなっていたといいます。江戸時代前期に三重塔の修復,講堂の再建,聖天堂の建立が行われ現在の伽藍となっています。

なお、法起寺の読み方ですが、以前は「ほっきじ」でしたが、現在は法隆寺(ほうりゅうじ)の読み方に合わせて「ほうきじ」となっています。

創建当時の伽藍配置は金堂が西側で塔が東側というようになっており、これは法隆寺西院伽藍の逆の配置です。これを「法起寺式伽藍配置」と呼んでいます。

下の画像は境内図です。

法起寺・境内図

●庫裡

法起寺西門を通ってすぐ左手のところに受付があり、職員がおられます。境内を見て回った限り、ここに職員がいるだけで他には警備員が回ってる以外は見当たりませんでした。

拝観料は300円。御朱印や絵ハガキもここで購入可能です。

●境内の様子

法起寺・境内

古代寺院の特徴は目立った庭など無く、砂利が平らに敷き詰められているというのがあるのですが、法起寺の庭園には池や石橋などがあり、木々や草花も豊富です。

法隆寺からはかなり離れているせいか、私以外の観光客は見かけず、とても静かな境内となっています。

●聖天堂

法起寺・聖天堂

1863年建立のお堂です。中は見れません。

●三重塔

法起寺・三重塔

高さ23.9mの塔。706年建立とされる日本最古の三重塔です。法隆寺の五重塔と同じような飛鳥時代の特徴が見られ、法輪寺の旧三重塔とともにかつては斑鳩三名塔のひとつに数えられていました。(法輪寺の三重塔は昭和に焼失しその後再建)

昭和に解体修理しており、1975年修理完了しています。この三重塔が法起寺で最も有名であり、最大のみどころといえます。

中へは入れませんが、入り口が解放されており、中に位牌のようなものを確認することができる。

●講堂

法起寺・講堂

別名観音堂。法起寺では金堂が無く、講堂が本堂に位置付けられます。本尊の十一面観音菩薩立像はもともとはこの講堂の本尊でしたが、現在は収蔵庫に安置されています。

講堂は創建当初からありましたが、江戸時代はじめにはもう存在していなかったようです。現在の建物は、1694年に再建されたものであり、1978年には修理もされています。

他のお堂と同じく講堂も扉が閉め切られており中を見ることもできません。

●収蔵庫

法起寺・収蔵庫

法起寺では拝観できる仏像は全てここに納められています。正面はガラス張りになっており、外から平安時代の木造・十一面観音菩薩立像を拝むことができます。

観音菩薩の右手側に江戸時代に法起寺再建に貢献した真政忍の像が安置されています。さらに菩薩像の左手側には多数の江戸時代の木造仏が置かれています。仏像群の名前はお堂正面に掛けてあるラミネートで確認することができます。

個人的にはこのような見せ方はあまり好きではないですね。特にガラスが反射して見にくいですし、本尊左手側の江戸時代の仏像群がお堂中央の方を向いており反射と横向きでとにかく見にくい。

江戸時代の仏像は美術的には評価されていませんが、完成度は最も高いと思っています。それだけにもったいないのです。

法起寺・十一面観音

●銅像・菩薩立像

7世紀後半の作と考えられており、白鳳時代の仏像です。20cmあまりの小仏像で、火災にあった形跡があるといいます。江戸時代初頭には三重塔以外の伽藍は消失していたというので、火災にあったいづれかのお堂にあったのでしょうか?

現在は奈良国立博物館に預けられており、パンフレットでの記載からのみ確認できます。法起寺では拝観できないのが残念です。

●アクセス

法起寺・駐車場

近鉄バス「法起寺前」が最寄りのバス停です。電車だと、最寄駅がJR「法隆寺駅」なのですが、距離が2kmぐらいあり、かなり歩きます。

駐車場は法起寺の大通り側に広場(写真の広場)があり、そこが駐車場であるようです。というのはそこは「関係者以外駐車禁止」という立て札があるのですが、寺院側の案内では法起寺の正面に参拝者用駐車場があると書かれています。

付近のそれらしい場所はこの広場しかないため、私は探しまくった挙句、ここに勝手に停めさせていただきました。この場所は入る時に注意が必要で、侵入経路がななめなので反対車線からしか入れません。

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