石舞台古墳のみどころ

今回は全国的に有名な石舞台古墳を紹介します。以前に明日香村へ行った際に立ち寄ってみました。

飛鳥駅の東側、小高い丘の上に石舞台はあります。この付近は飛鳥歴史公園内石舞台地区として整備されており、売店や駐車場、公園などがあります。石舞台はその丘陵地の一番上付近にあります。石舞台手前から有料となっています。料金は大人250円ですが、古墳で入場料を支払う場所はそうないですね。

駐車場は有料ですが、自転車は無料で停めることができます。

石舞台は明日香村の主要観光地だけあり、かなりの数の観光客が見られました。石舞台の写真も正面からはいつまでも記念撮影する人が絶えないためなかなか撮影できません。

そのぶん裏は人気がなく撮影する人もいません。なので、今回は裏から撮影させていただきました。

石舞台古墳

よく見られる写真と違うので写真アングルにやや違和感はありますが、表側とそんなに遜色ないように思います。石舞台の内部へは側面の階段を使って入ります。

石舞台古墳・入り口

階段を下りていくと平坦な通路になり、玄室の中へとつながっていますが、個人的には下の溝がきになりました。これは排水システムだと思いますが、発掘後造ったのか、それとも発掘調査で出てきたんですかね?

石舞台・玄室

石舞台の内部です。石棺は現在ありません。発掘時の出土品に石棺片があったそうですが、古くから露出状態だったので無くなってしまったのでしょうか?他の古墳の事例で石棺が橋など他の用途に流用されるということがあったので、持ち出されているかもしれませんね。

出土品も土器などはありましたが、飛鳥時代の目立った装飾品などはなかったようです。盗掘もあったのでしょうね。寛永通宝など時代が後のお金が見つかってるようなので、盗掘者が落して行ったものでしょうか?

石舞台古墳は蘇我馬子の墓だと言われています。その根拠は日本書紀での記述で「大臣薨せぬ。仍りて桃原墓に葬る」との記述があるからとのこと。記述は625年5月の部分で当時無くなった大臣は蘇我馬子であり、桃原は石舞台付近から飛鳥寺あたりまでの一帯をさします。また、石室の石の一部に馬子の名前があるという学者もいますが、どの石なのでしょうか?

創建当初は盛り土もあったのでしょうが、少なくても江戸時代から盛り土は剥がれており、巨大な横穴式石室が素肌を見せています。

スポンサーリンク
スポンサー