東大寺・戒壇堂 奈良時代を代表する塑像・四天王

東大寺は大仏殿が特に有名ですが、それ以外にも見所があるのを御存知でしょうか?

東大寺は大仏殿だけを差すのではなく、法華堂や二月堂,開山堂など多数の

お堂を含んでいる大寺院です。大仏殿はその中の金堂にすぎないんです。大仏が中に入っているので突出して大きくなっているから目立って他が目立たなくなるんですね。

しかし、奈良時代の代表的な仏像を見たいのであれば、むしろ、大仏殿以外にこそ拝観すべきものがあります。

今回紹介する「戒壇堂」もそのひとつです。

戒壇堂は四天王像で有名なお堂で、大仏殿中門手前を西に進んだところにありあります。拝観料は500円・・・ひとつのお堂で500円はちょっと高いな~というのが私の感覚ですが、中で拝観できる四天王像の価値を考えたら仕方がないと納得しましょう。

戒壇堂のあたりは観光客も少なく、落ち着いて参拝できます。ちなみに鹿も少ないですよ。

●戒壇堂

東大寺・戒壇堂

受戒とは僧侶として守るべき事項である戒律を仏前で誓う儀式のことです。この受戒をもって僧となっていたのです。

そして、その受戒を行う場所が戒壇というところでした。

受戒が初めて日本で行われたのが、754年です。この時に来日したのが唐の高僧「鑑真」で、大仏殿の前に戒壇を作り、聖武天皇や光明皇后,孝謙天皇ら440名に受戒を行いました。これ以前はわざわざ唐まで行かないと僧になれなかったといいます。

戒壇院は翌年755年に創建されました。平安時代後期成立の持説「東大寺要録」によると、金堂,講堂,廻廊,僧坊,鳥居などがあったとされています。

それらの伽藍も1567年までの3度の火災により焼失しすべて無くなってしまいました。現在の戒壇堂は江戸時代1732年に建てられたものです。

内部の戒壇は三段になっており、その上に塑像「四天王像」、四天王の中央に多宝塔があり、内部に木造「多宝如来像」「釈迦如来像」が鎮座されています。

多宝如来像と釈迦如来像は実は模造で、本物は銅製であり、普段は東大寺ニュージアムに収蔵されています。受戒時のみ模造と入れ替えるようです。

戒壇の上に足場が設けられており、参拝客はその上から四天王像と同じ目線で拝観が可能で、像の周りを周回ができるようになっています。

★四天王像

多宝塔を中央に北西,北東,南西,南東を固める四天王達です。四天王信仰は仏教伝来して初期からあり、信仰のピークは奈良時代にみられます。

材質ですが、四天王は塑像で作られており、奈良時代を代表する塑像仏となっています。

塑像とは粘土を材料として造った像で、加工しやすく表現の自由度が高いという特徴があります。平安時代にはまれにしか見られず、奈良時代に集中して見られます。

四天王達はおのおの表情が違い、北面に立つ仏像は表情が穏やかで持ち物も筆や祠など文化的なものです。ところが、南面の仏像は激しい表情で棒や刀などで武装しています。

南側が入り口だから戦いの最前線を守るという意味合いでしょうか。

4体とも鎧を装備しており、中央アジアの甲冑を装着しています。これもシルクロードの影響なんでしょうか。それとも造った仏師が渡来人?ちょっと気になります。

身長は160cm~170cmの等身大です。それぞれの像を見ていきましょう。

塑像・広目天像

戒壇堂・項目天

北西を守り、厳しくも穏やかな表情です。毛筆筆を所持されています。

塑像・多聞天像

戒壇堂・多聞天像

北東を守り、祠を持ち上げるような姿をしています。

南面の2体とは違い穏やかな表情をされています。

塑像・増長天

木造・増長天

激しい表情で南西に立ち、持ち物は戟(げき)。入り口から来る外敵に対抗します。

塑像・待国天

戒壇院・待国天

待国天は南東に位置し、外敵に備えます。持物は刀です。刀は本物のように見え、なんだか実際に切れそうです。

●御朱印

戒壇堂の御朱印は受付でもらうことができました。価格は他と同じように300円。

受付に御朱印所があるところは見逃しやすいので注意してくださいね。今回は参拝中に朱印帳を預けておけました。

●あとがき

今回は戒壇堂について書いてきましたが、東大寺の塔頭には他に有名どころでは三月堂(法華堂)や二月堂があります。それらも素晴らしい文化財を有するお堂で記事を書いてるのでよかったらご覧になってくださいね。また、大仏殿の記事も書いてるので合わせて読んでみてはいかがでしょうか?

大仏殿

二月堂

三月堂

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