興福寺のみどころ~阿修羅像も見れる!~

奈良公園近辺には東大寺と肩を並べる有名寺院「興福寺」があります。

興福寺といえば、阿修羅像で有名ですが、強力な僧兵でも有名で鎌倉~室町には実質的に大和国の盟主でした。それは織田信長や豊臣秀吉に屈するまで続きます。

もともとは藤原鎌足の妻が創建した京都の「山階寺」が前身で、藤原京の「厩坂寺」を経て藤原不比等が平城京遷都とともに移転させ氏寺としたのが「興福寺」です。

興福寺は奈良時代には4大寺、平安時代には南都7大寺のひとつとして数えられており、南都六宗の一派である法相宗の大本山となっています。

たびたび火災にあっており、源平合戦最中の平重衡の焼き討ちでは全焼。現在の建物はすべてこの時以降の物であり、仏像なども多くは以後のものです。

江戸時代の火災でも多大な被害を受け、南大門、西金堂、講堂は以後復興されていません。

明治時代の廃仏毀釈でとどめを刺され、春日大社の一部として奈良公園の一部なっていましたが、1881年になって復興が認められ現在にいたっています。

東大寺などと一緒に世界文化遺産に登録されています。

●現在進行形で復興中の寺

中金堂工事中

興福寺は現在も復興のさなかにあります。

現在は中金堂の再建工事を行っており、2018年完成予定です。中金堂は、今まであった仮金堂のかわりになるのですが、仮金堂は2016年7月時点ではまだありました。ただ、工事で立ち入り禁止区域内であり近づくことはできません。

また、あちらこちらに建物の基壇があり、柱の位置を示す石が置かれています。

まるで平城宮跡のようですが、南大門などさらなる復興計画もあるようです。

●入場料と御朱印はお堂ごと

興福寺・御朱印所

興福寺は境内自体は門などなく24時間自由に出入りすることができるのですが、内部拝観可能なお堂に国宝館と東金堂があり、それらは拝観料が必要です。

また、北円堂や三重塔,南円堂,五重塔も特別拝観がある時があり、その際は各お堂ごと別料金で入場となります。

御朱印もお堂ごと(国宝館以外)にあり、普段入場できない南円堂などのお堂にまで設定されています。

貰える場所は、南円堂ちかくの朱印所で見本より選び希望すればひとつ300円でいくつでもいただけます。

御朱印は何種類もありますが、しっかりと人の手で墨書きしていただけます。

下の写真右側が興福寺「世界遺産」の御朱印です。※左は北円堂の御朱印

興福寺御朱印

●奈良公園の一部

興福寺の境内は奈良公園の中にありますが、他の寺院のように堀や塀は無く、奈良公園との境界はありません。そのため、境内には鹿も多くいます。鹿の糞もよく落ちてますので踏まないように注意が必要ですね。

●国宝館

食堂跡に建てられた宝物館です。入場料600円。東金堂との共通券もあり800円です。

構造は近代的な鉄筋コンクリート製ですが、外観は旧食堂を模して作られています。

食堂の元本尊「千手観音菩薩」を中心に多数の仏像や宝物が展示されています。

興福寺の目玉ともいえる阿修羅像や元山田寺の仏頭もここで見ることができ、白鳳時代~鎌倉時代にいたるまでの寺宝を拝観することができます。

★阿修羅像

興福寺・阿修羅像

国宝。全国的に人気のある「阿修羅像」で、興福寺で最も有名な仏像です。奈良時代の作品で脱乾漆造という技法で作られています。脱乾漆造は奈良時代の主要寺院で流行った技法で、阿修羅像はその代表作となっています。

六本の腕と三つの顔を持った姿で表現されています。三つの顔は正面が喜びの表情、左面が唇を噛みしめる後悔の表情、右面が懺悔の悲しみの表情をしています。合掌している腕以外の四本には現在は失われていますが、それぞれに持ち物を持っていたとされています。153.4cmの彩色立像。

2009年に東京や九州などで行われた阿修羅展で大人気となり、知名度を急上昇させました。美少年のような美しい顔と華奢で可憐な容姿で若い女性にも人気があります。

国宝館では8部衆の1体として展示されており、他の7体の彫像も立派な作品です。元々は焼失している西金堂にあった群像の1体だったと言われています。

阿修羅は元は憎悪に燃える古代インドの戦闘神でしたが、同じくインドの神であるインドラとの戦いに敗れた後、釈迦から教えを説かれ仏教へ入り天部となりました。興福寺の阿修羅像は仏教に入ったあとの姿が表現されており、憎しみが消え穏やかな表情となっています。

興福寺の阿修羅は穏やかですが、もともと戦闘神であるので、ほかの寺院では荒々しい形相で表現されることが多いのが特徴です。

★千手観音立像

興福寺・千手観音立像

国宝。1229年ごろの作品。もともと食堂の本尊でした。国宝館において中央に安置し、本尊のように扱われています。

5mを超える大作で、檜の寄木造り。

1181年から成朝によって作成開始されたのですが、途中で中断し、完成には半世紀近くかかっています。

●東金堂

興福寺・東金堂

国宝。聖武天皇が726年建立。現在の建物は1415年の再建です。

唐招提寺の金堂を参考に再建され、平面面積は創建と同じものとなっています。

本尊は銅造薬師三尊像。内部拝観が可能なお堂であり、入場料は300円となっています。

国宝館との共通券(800円)も用意されています。

★月光・日光菩薩像

興福寺・日光菩薩 興福寺・月光菩薩

薬師如来の脇仏に日光菩薩と月光菩薩がいるのですが、もともとは興福寺のものではなく、旧山田寺の仏像でした。

今では東金堂の薬師如来の脇仏になっています。

宝冠に阿弥陀如来の化仏(小さな仏)があることが特徴で、これは薬師如来の脇仏には見られない特徴なので、これらの仏像は観音菩薩ということになってしまいます。

●南円堂

興福寺・南円堂

西国33所観音霊場の9番礼所。創建は813年に藤原冬嗣建立が建立した八角堂。現在の建物は1789年再建のものです。

本尊は「不空羂索観音像」です。

常に扉は閉められており、10月7日の大般若経転読会の時と特別拝観の日のみです。

★木造・不空羂索観音像

興福寺・不空羂索観音像

国宝。ヒノキ製の寄せ木造。

平安時代末期に焼失しており、現在の像は運慶の父康慶により1189年再建されました。

不空羂索観音像は藤原氏北家ゆかりの像として特に重要視されてきました。

第3の目に水晶を使用し、両目には動物の骨を使用しています。

この像は模像がたくさんあり、南円堂様と呼ばれています。

奈良・応現寺のものは焼失前の模像であり、その姿がうかがえます。

●北円堂

興福寺・北円堂

国宝。興福寺では最も古い建物です。元明天皇と元正天皇が721年に長屋王に命じて創建しました。法隆寺「夢殿」と同じ八角堂です。

1208年再建。周囲の回廊は現在再建中です。

本尊は「弥勒如来」。扉は普段は閉まっており、春秋の特別拝観時のみ中へ入ることができます。

●五重塔

興福寺・五重塔

国宝。創建は730年、光明皇后の意向で建立されました。

現在の建物は1426年復興のもの。高さ50.1m。木造塔では東寺の五重塔に次ぐ高さです。

●三重塔

法隆寺・三重塔

国宝。1143年創建。参拝ルートから外れた場所にあるので存在自体に気付かないことが多いと思います。

1180年の大火で焼失したという記録の無い建物です。再建の記録もありません。

建築様式が鎌倉ということで、焼失していれば、すぐに再建された鎌倉時代の建物ということになりますが、創建と年代が近く、もしかしたら焼失していなかったのかもしれませんね。

特別拝観時内部を見ることができます。

●終わりに

興福寺は奈良公園内にあり、東大寺とも近いので、奈良へ観光に来たら訪れる人も多いと思います。また、興福寺自体も阿修羅像が全国的に有名なので、ここが奈良観光の目的という人も多いかもしれませんね。

阿修羅像のある国宝館はお勧めの場所ですが、運慶の代表作がある北円堂もお勧めです。ただ、特別公開時しか入れないので、公開時はぜひ見に行ってみてくださいね。

北円堂拝観時の記事は→こちら

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コメント

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